この路に呼ばれて

2019年04月01日

 主イエズスは、たびたびみことばの中で召命への呼びかけに招かれた。

 「わたしについて来なさい」
 「来てみなさい」
 「誰でも渇いているものは、わたしのところに来て飲みなさい」
 聖書には、召し出しの呼びかけのみことばがたくさんある。聖心会の召命の恵みをいただいて、こんな私がなぜこの路に呼ばれたのか、ふと立ち止まって想うこともある。

  聖心会に入会してから50年の歳月が経ち、今ふりかえってみると「神のはからいは限りなく生涯私はその中に生きる」この詩編の一節を主イエズスの後について今日まで一筋に歩んで来られた年月をただ感謝するのみである。

 多くの出会いと共同体の支えと極みない主イエズスの愛の眼差しで、良き事も悪しき事も清めていただきながら、会の使命に生きる奉献の路は、不安もあり、喜びもある繰り返しの日々であるが、「私は世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」と弟子達を励まし、約束された復活の主イエズスのみことばを信じて、今日もまた一日の奉献へ漕ぎ出していく。

 主が共に働いてくださるこの場で、今を大切に、どんな雑事の中にも神の呼びかけ、ささやきはどこにでも流れ満ちている事に心を傾けて、わたしの修道生活を育み、成長できる源になるよう努めたい。

 この路が無償の恵み無しには与えられなかったこと、そして、これからの路も、無償の恵みによってしか成し遂げていけないことを意識して、歩み続け、仕えて生きたいと願っている。

(M.Y.)